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大開スペシャル
毎朝攻略!通学の難所

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土淵川沿い「こどもの森自転車道」から新山崎橋を渡った先に現れる急勾配。
上り坂の先からやってくる人や車は、まるで上から降ってくるかのよう。


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この坂を上り、中間地点あたりで振り返ってみると、どれだけ急だったかが解る。


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間もなくY字路が現れるのだが、


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右へ行けば上り坂、


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左へ行っても上り坂。


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左へ進んでもう一度振り返ると、とても長く急な坂を上ってきたことがさらに解る。


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ついに坂を上りきると、弘前南高校入口の向かい側に出る。
(横の通りは青森県道126号久渡寺新寺町線)


この「全力坂」とも「地獄坂」とも「心臓破り」ともいえる坂。
いつの頃からか、この坂を通って弘前南高校へ自転車通学する生徒たちの間で
「大開(おおびらき)スペシャル」と呼ばれるようになったそうだ。
(「大開」とは、弘前南高校所在地周辺の町名)

確かに、傾斜も距離も「スペシャル」である。
歴代の南高生にとって、毎朝越えなければいけない難所であることは容易に想像がつく。

逆に、下校時には放課後の開放感もあいまって爽快至極な下り坂となっているであろうことも
想像出来るだろう。
この気分を疑似体験するなら、晴れた日の昼下がりに自転車で下っていただきたい。


アクセス情報
(下りの起点)弘前市清水3丁目
・弘南バス桜ヶ丘線 清水3丁目バス停下車すぐ

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by hirosaki-alterna | 2010-03-30 19:34 | 通り・坂道など
袋宮寺の十一面観音
扉の向こうにそびえるものとは

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弘前高校バス停の前、新寺町寺院街の入口に位置する袋宮寺。
藩政時代に、報恩寺の末寺であった無量院観音堂の本堂として建立、明治期の神仏分離令に
より市内樋口村(当時)の熊野宮別当であった袋宮寺と合併して、袋宮寺本堂となった。
建立されたのは1677(延宝5)年頃といわれ、青森県重要文化財にも指定されている。


この、一見こじんまりとした本堂、中のご本尊もこじんまりとしているのかと想像する人は、
扉を開けた途端に腰を抜かすだろう。

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天井を突き破らんばかりに鎮座するご本尊、「十一面観音(正式名:十一面観世音菩薩立像)」。
1677(延宝5)年、弘前藩4代藩主・信政公が父・信義公を弔うために、弘前城内の老木を使って
作らせたものといわれている。
その高さは6.15メートル、11の顔を持つご本尊は体も大きいのだ。
そして、表面は漆と金箔仕上げだという。

毎年6月19日には宵宮(よいみや/例大祭)が行われ、大護摩供法要のほか、ささやかな夜店も出店する。
こじんまりとした本堂とささやかな夜店、そして大きなご本尊。
歴史ある寺院ながら、まるで「不思議の国のアリス」のワンシーンのような遠近感を味わえるスポットである。


アクセス情報
弘前市新寺町
・弘南バス 桜ヶ丘線 弘前高校前バス停下車すぐ
参拝自由


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by hirosaki-alterna | 2010-03-25 17:10 | 神社・仏閣・教会など
旧東奥義塾外人教師館
陽光降り注ぐ中で聞える、ハイカラ弘前の息遣い

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弘前公園や弘前市役所の向かいにある追手門広場。
ここにはかつて東奥義塾高校という私立高校があった。
東奥義塾高校とは、その前身である藩校・稽古館を経て1872(明治5)年に開校。
草創期の関係者には、創設者にして初代弘前市長の菊池九郎、
塾長にして日本メソジスト教会初代監督の本多庸一、
本多とともにキリスト教布教につとめ、弘前にりんご(当ブログ禁止事項「A」)を伝えたと
いわれている外国人教師ジョン・イングらがいる。
学都、りんご王国、ハイカラ…いずれも明治以降の弘前のカラーを方向付けた人物である。

この外人教師館は、外国人教師の宿舎として1903(明治36)年に建設されたもの。
1987(昭和62)年に同校が弘前市石川地区に移転した際に市に寄贈され、
1993(平成5)年には青森県の重宝に指定された。
現在は保存され、一般公開されている。


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建物の外観。
東奥義塾移転後のこの地は「追手門広場」となり、同教師館はその一画にある。


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現在、1階には喫茶店が入店している。

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2階部分へ上がるには、スリッパへ履き替える必要がある。


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書斎の様子。大きな窓の多い同館内は、どこへ行っても暖かな陽光が降り注ぐ。

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寝室の様子。
同館は、外国人教師が一家で生活出来る作りになっていた。

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展示されている小道具も、まるで今も教師一家が暮らしているかのような生活感が演出されている。


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子供部屋の様子。

子供への配慮か、室内に遊具が備え付けてある。c0215643_16151766.jpg

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雪深い弘前の土地では、さぞ重宝したことだろう。


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この資料展示室も、かつては寝室だったそうだ。


意外なことに、書斎の横にはこのように超がつくほど和風な一画が。
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ここだけは、まるでドラえもんでも出てきそうである。


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近代弘前の発展を支えた外国人教師たちの息遣いが、今でも聞えてきそうな洋館である。


アクセス情報
弘前市下白銀町
・弘南バス 土手町循環100円バス 市役所前下車すぐ

見学時間9:00~18:00 見学無料
・2階見学の際は要スリッパ履き替え
家具や小道具、遊具は使用禁止

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by hirosaki-alterna | 2010-03-24 16:38 | 建造物・各種施設など
常盤坂配水池
弘前一の配水池
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岩木川へ向かう手前、弘前市常盤坂の高台に位置する配水池。
有効容量12,000㎥・二層式・1池で弘前市内で一番の容量を誇る。


間近で見ても巨大な施設だが、遠くから見ても大きさはかなりのものだ。
一見、スポーツのスタジアムにも見える。
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樋の口・土淵川放水路付近から

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常盤坂の大通り(青森県道28号岩崎西目屋弘前線)から


ここから配水される水道水はクセや泥臭さが無く、大変飲みやすいと言われている。
近くには、このブログの禁止事項「A」のテーマパーク「弘前市りんご公園」や、
成田山弘前寺(こうぜんじ)、出雲大社弘前分院もある。
行楽やお参りついでに、弘前一の配水池へ立ち寄ってみてはいかがだろうか。


アクセス情報
弘前市常盤坂
・弘南バス 大秋・川原平線またはロマントピア(水木在家)・相馬・藍内線
常盤坂入口バス停下車、徒歩約5~6分

・水道施設のため、一般の立ち入り不可

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by hirosaki-alterna | 2010-03-20 20:09 | 水道施設・円筒分水など
北門山 大王寺
夜の街の弘法大師様
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津軽弘法大師霊場の第二番札所・「北門山 大王寺」。
第一番札所である「金剛山 最勝院」から徒歩約5~6分の近場にある。

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弘前市中心部の寺といえば、禅林街や新寺町のように特定の場所に密集しているイメージを
持たれることが多いのだが、この大王寺は違う。


それでは、新寺町寺院街から徒歩圏内、最勝院にもほど近い大王寺の周辺とは…
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別の角度からもう一度見てみよう。
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なんと大王寺は、寺ではなく居酒屋やスナックなどの密集するエリア・鍛冶町に位置しているのだ。

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大王寺前から見える夜の風景


来る日も来る日も鍛冶町の往来を見つめる弘法大師様。
これからも、酔っ払いや夜の蝶たちを見守っていて欲しい。
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アクセス情報
弘前市新鍛冶町
・弘南鉄道大鰐線 中央弘前駅から徒歩約3分
・最勝院から徒歩約5~6分

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by hirosaki-alterna | 2010-03-19 11:47 | 神社・仏閣・教会など
土淵川放水路(岩木川合流点付近)
水害から街を護る水のトンネル

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弘前市の西部、ショッピングモール「ロックタウン弘前樋の口」のすぐ近くにそれはある。
ぽっかりと口を開けたトンネルから吐き出される水は、ほどなく岩木茜橋付近で岩木川と合流する。


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このすぐ先で岩木川と合流する。

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また、 付近からは岩木山もより間近で見える。

この水のトンネルの名前は「土淵川放水路」。
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弘前市中心部を流れる土淵川は、かねてから大雨のたびに氾濫することが多く、周辺地域に多大な被害をもたらしてきた。

中でも放水路が作られるきっかけとなったのが、1975(昭和50)年と1977(昭和52)年の集中豪雨。
土淵川や支流の寺沢川の氾濫で、弘前市中心部は壊滅的な被害を受けた。
その時の水位を示す看板は今でも寺沢川沿いにあり、人の身の丈を越える高さに被害の爪あとの深さを思い知らされる。

土淵川と岩木川を結ぶこの土淵川放水路が1982(昭和57)年に完成して以降、弘前市中心部で大きな水害の話は聞かなくなった。

土淵川放水路は、市民を水害から護るために今日も岩木川に河水を流し続けている。
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アクセス情報
弘前市茜町
・「ロックタウン弘前樋の口」斜め向かい、「新土淵川」沿いを入る

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by hirosaki-alterna | 2010-03-10 15:48 | 土淵川