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最勝院の新旧仁王門
五重塔だけじゃない最勝院の見どころ その3

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最勝院の参道を進むと、突き当りの右手に仁王門が見えてくる。

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(画像は春季のもの)
この仁王門は「新仁王門」と呼ばれ、1984(昭和59)年に建立されたもの。


では、古い方の仁王門はどうしたのか。
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紙漉町~富田方面に面した旧仁王門は、現在も残ってはいるが閉鎖されている。
旧仁王門は、かつてこの地にあった大円寺(現在は大鰐町に遷座)の表玄関であったが、
時代の流れとともに、交通の便の良い新寺町側・銅屋町側の入口を利用する参拝客が
増えたとのこと。

また、旧仁王門は境内から見れば、墓地の手前辺りに位置する。
門扉が閉ざされ、薄暗くひっそりとしているが、新仁王門とはまた違った趣がある。

「新旧」「陰陽」「動静」、2つの仁王門を巡ることで、この寺院の歴史と時代の流れに様々な
思いを馳せてみるのもまた一興。
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アクセス情報
弘前市銅屋町
・弘南バス桜ヶ丘線 弘前高校前バス停下車 徒歩約3分

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by hirosaki-alterna | 2010-06-29 10:25 | 最勝院
山の手センター
「静けさ」の向かいにあるもの

元寺町は弘前教会向かい。
夜になると、静まり返った教会とは対照的に賑わいの起こる一画がある。
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飲食店街「山の手センター」。入口の印象とは裏腹に、思いのほか奥行きがあり、
細長い通路に飲食店がひしめき合っている。

これらの店に集っているのは、主になじみの地元客だろうか。
取材時には、とある店から朗らかに歌うカラオケが通路に響いていた。
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この弘前教会の向かいで、毎晩宴が繰り広げられている。
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(写真は冬季のもの)


アクセス情報
弘前市元寺町
・JR弘前駅から徒歩約20分


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by hirosaki-alterna | 2010-06-23 17:55 | 夜の飲食店街
弘南鉄道大鰐線 津軽大沢駅
田園風景に毒一点

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津軽大沢駅。
弘南鉄道大鰐線の駅では数少ない有人駅の1つで、この路線のほぼ中間点にあたる。
(その他の有人駅は、中央弘前駅と大鰐駅である。)

この津軽大沢駅には大鰐線の車庫があり、昭和初期に作られたラッセル車が格納されている。
今でも現役で、雪の季節にはその走る姿を見ることが出来る。
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撮影時には、たまたま線路に出ていた。

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運行時には、この赤い電気機関車「ED221」が、黒いラッセル車「キ105」を
押し出す形で線路を進む。
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また、駅周辺には水田やりんご畑を主とした長閑な風景が広がっている。
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そんなレトロで長閑なこの一帯で異彩を放っているのが、駅舎の自転車置き場の看板である。
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「線路やホームでふざけていると、最悪の場合、死にます。」

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「死にます。」 


線路を挟んで向かいの老人ホームをバックに、
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 「死にます。」 

…とは、なかなかいい度胸である。

看板の主はこの辺りを学区としている石川小学校PTA。
おや、こんな雰囲気の看板、他にも見たことあるような…

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同じ石川小学校学区にある「庄司川幹線水路分水工」(円筒分水)前の看板。

石川小学校の子供達は、常に死と隣り合わせのハードな日常を送っているのだろうか。
…というのは冗談にしても、注意喚起力抜群のストレートさに感服するばかりである。

アクセス情報
弘前市大沢字稲元
・弘南鉄道大鰐線 中央弘前駅から約15分 津軽大沢駅下車
注)線路やホームでふざけていると、最悪の場合死にます

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by hirosaki-alterna | 2010-06-22 16:15 | 駅・鉄道
東北電力 弘前変電所
岩木川の向こうに輝くもの

晴天に高く突き出た鉄塔と、日光を受けて銀色に輝く変電設備が美しい。
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アクセス情報
弘前市熊嶋
注)変電施設のため、立入禁止

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by hirosaki-alterna | 2010-06-17 19:50 | 変電所・各種鉄塔
どこでも岩木山2
すべてが岩木山にたどり着くような錯覚

事実はともかくとして、どの道も岩木山から延び、岩木山へ続いているかのように見える場所が、
弘前にはたくさんある。

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岩木地区から

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新町から

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アップルロード 大沢地区から

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大開地区から

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石川駅から

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国道7号線 神田地区から

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樋の口から
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by hirosaki-alterna | 2010-06-16 23:06 | 岩木山方面
悪戸の連続カーブ
牧歌的風景、その実態はドライバー泣かせ

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弘前市悪戸地区、「津軽ふるさと館」付近の連続カーブと急勾配。

そのうねり方や、地を這う蛇の如し。
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このカーブでは、いったい何度「バカヤロー!」と叫べばよいのだろう。

参考:バカヤローカーブ


アクセス情報
弘前市悪戸


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by hirosaki-alterna | 2010-06-13 19:59 | 通り・坂道など
石川駅付近の陸橋
上から見ればモノレール 下から見れば古代遺跡

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弘南鉄道大鰐線の津軽大沢駅~石川駅の間にある陸橋。

電車でここを通過する時には、まるでモノレールにでも乗っているような気分を体感できるが、
目線が高く、足元がよく見えないため、高所恐怖症の人にとっては出来れば車窓を見たくない
地点でもある。

そして、画像のように下から見ると、まるで古代遺跡のような風格が漂っている。
カーブのラインも美しい。


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たまに下から眺めてみると、どっしりと地に足が着いていることが確認できて、
恐怖感も軽減できるかも知れない。
(感じ方には個人差があります。)


アクセス情報
弘前市石川
・JR奥羽本線 石川駅から徒歩約7~8分

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by hirosaki-alterna | 2010-06-07 21:41 | 駅・鉄道
岩木山神社
津軽の信仰の源 弘前最大級でマルチタスクな「お岩木さま」

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弘前市旧岩木町の百沢(ひゃくざわ)地区にどっしり鎮座する岩木山神社。
津軽の霊峰・岩木山を背景にした広々とした境内に、大振りで絢爛な建物群。
そのスケールや、弘前市内においては最大級を誇る。


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晴れた日には、背景に岩木山の山頂部分が見える。


その起源は今から約1200年前、宝亀11(780)年に岩木山頂に社殿が創建された時まで
遡るという。

その後、延暦19(800)年に、時の征夷大将軍・坂上田村麻呂が岩木山大神の加護によって
東北平定を遂行出来たとして社殿を再建、現・十腰内(とこしない)地区に下居宮(おりいのみや
=麓宮)を建立し、岩木山頂を奥宮とした。
寛治5(1091)年には神宣により百沢地区に遷座し、「百沢寺(ひゃくたくじ)」と称したのが現在の
岩木山神社となっている。
(十腰内地区の下居宮は、現在は「巌鬼山(がんきさん)神社」となっている。)

藩政時代には、初代為信、2代信牧、3代信義、4代信政の弘前藩歴代藩主により大造営が行われ、
寛永5(1628)年には楼門が建てられた。

近代には境内の各施設とも整い、北門鎮護の名社として、農業、漁業、商工業、医薬、
交通関係、開運招福など、多種多様な面において津軽地方の信仰の源となっている。
また、昨今ではパワースポットとしても隠れた人気があるという。


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岩木山神社の楼門。長い参道を進み、まず最初に圧倒される物件である。

その大きさを、写りこんでいる参拝客と比較されたい。
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楼門の左右の住人は彼らである。
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この楼門は、作られた時期や構造が弘前市西茂森の禅林街にある長勝寺三門とよく似ており、
同一人物か同系統の技術者が手がけたのではという説もあるという。

楼門の左右には、ユーモラスな狛犬が構えている。特に左側の「吽」の方は逆立ちしているのが面白い。
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面構えもユーモラスな「ブサカワ」顔である。


楼門の横の手水処では、龍の口から注がれる水を柄の長い柄杓で掬い上げ、手や口を清める。
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清き水の流れに、心まで清められる思いのする一角である。


次の圧倒ポイントは、拝殿手前の中門である。
一見する分では解りにくいが、近づいてみると絢爛豪華な極彩色の装飾が施されている。
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「北門鎮護」の金文字が輝かしい。
時間があれば、1箇所1箇所じっくり見てみたいところである。


中門横の階段が、岩木山頂の「奥宮」への参道入口である。
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階段を下りた先にある案内板には、いかに奥宮にたどり着くまでにまで時間がかかり、
険しい道中となるかが解説されている。
ここからは神社に参拝というよりも、登山をするための装備と心構えが必要となる。
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その傍には所要時間の書かれた立て札も。


中門をくぐった先には次なる圧倒ポイント、拝殿が構えている。
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元々は百沢寺大堂(本堂)として、弘前藩初代藩主・津軽為信が起工し、3代・信義の代で
完成させたものである。
明治初期の神仏分離令によって「百沢寺」から「岩木山神社」へ移行する以前には、須弥壇や
厨子も設置されていたという。


そして、本来ならば4つ目の圧倒ポイントとなる本殿だが、残念ながら一般公開はされていない。
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黒漆塗りの壁、金メッキの装飾、ふんだんに彫りこまれた極彩色の彫刻など、
敷地内で最も絢爛豪華な建造物である。
ここはおとなしく、奥宮への参道から垣間見るのみとしたい。


さて、この岩木山神社周辺が最も賑わうのは、旧暦の7月29日から8月1日に行われる
「お山参詣」である。
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ヒノキを薄く削ったものをまとめて作った長さ約5mの御幣や、
高さ約10mの幟旗を持った白装束の参拝者の大集団が、登山囃子を唱和しながら
徒歩で山頂の奥宮を目指す。

詳細は長くなるので割愛するが、楼門の看板によると2010年は9月6日~8日に開催されるそうだ。
この記事のように静けさ漂う普段の「静」の岩木山神社と、参拝者集団と登山囃子で賑わう「動」の
岩木山神社、機会が許すなら両方体験してみるのもよいだろう。


アクセス情報
弘前市百沢
・弘南バス 枯木平線 岩木山神社前バス停下車すぐ

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by hirosaki-alterna | 2010-06-07 14:36 | 岩木山方面
新町坂
軋むブレーキ音が響き渡る坂

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弘前は坂の多い街でもあるが、中でも有名なのがこの「新町坂(あらまちざか)」だろう。

弘前公園から茂森町方面へ向かう途中に、その坂の入口はある。
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特徴は、急な傾斜とS字カーブ。
坂を下る時は、歩く人は知らず知らず駆け足になり、自転車に乗る人は甲高いブレーキ音を
響かせる。

逆に、上る場合は余程の脚力がなければ、自転車を漕いだまま上りきることは困難だろう。

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坂の中腹から見上げるとよくわかる。

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自転車で上り坂に挑む部活風の女子高生も…

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程なくして自転車を降りてしまった。

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この黒猫も、やっと坂を上ってきたところである。


また、新町坂のもう1つの特徴は、その歴史である。
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坂の中ほどに案内板が立っている。


弘前の城下が造られた時、城のある丘陵地帯(東側)を上町(うわまち)、
低地帯を下町(したまち)と称したが、藩政初期城下の表玄関として
発展した下町から上町に至る大道筋(だいどうすじ、大きい国道)が
この新町坂でした。
城域から城下の新町へ通じていることから「新町江下る坂」と記録され、
新町坂は通称でした。
当初、交通量は、城下第一でしたが、四代藩主信政の時「新坂(現在の古坂)」が
造られたため、この坂の交通量は大分少なくなったと伝えられています。
明治になってから、坂の入口を南へおよそ六〇メートルほど移したのが
現在の坂であり、藩政初期重要な通路であったこの坂も、
今は美事な名所となっています。



坂を下りきった頃には、岩木山がより近くに見える。
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可能であれば、是非とも自転車で一度下っていただきたい坂の1つである。
存分にブレーキ音を響かせて。


アクセス情報
弘前市新町
・弘南バス 茂森線 市役所前公園入口バス停下車 徒歩約3分

注)カーブと急勾配に注意

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by hirosaki-alterna | 2010-06-02 21:40 | 通り・坂道など
オンシーズンの円筒分水
その稼動ぶりに、例の看板が説得力を増す

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弘前市石川地区に位置する庄司川幹線水路分水工(円筒分水)。
田植えのシーズンを迎え、各水田に均等に水を分配する役目を持つこの円筒分水も
その本領を発揮している。

(円筒分水の概要については過去の記事「庄司川幹線水路分水工」 を参照されたい。)


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轟音を立て、水が溢れ出している。

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外周には白波が立つ。

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底から水が押し上げられ、激しく波打つ中心部。


各部の水という水が生き物のように勢いづいている。
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※円筒分水の動画はこちらで。(YOUTUBEへリンクします。)

オンシーズンを迎えた円筒分水、この調子ではやはりおちると死ぬだろう。
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アクセス情報
弘前市石川
・弘南鉄道大鰐線 石川駅から徒歩約15分
・国道7号線 石川交差点を曲がってすぐ

注)おちると死にます 


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by hirosaki-alterna | 2010-06-01 23:28 | 水道施設・円筒分水など