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初夏の禅林街(上寺通り)
まっすぐな道と、まっすぐな杉並木

※関連記事:初夏の禅林街(下寺通り)

禅寺ばかりが33軒も立ち並ぶ、弘前市西茂森の禅林街。
下寺通りの小道を抜けると、上寺(うわでら)通りの泉光院の前に出る。
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泉光院
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上寺通りに並ぶ寺院は20軒。以下、撮影の出来た寺院を紹介する。

海蔵寺
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寶積院
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鳳松院
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清安寺
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長徳寺
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嶺松院
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髙徳院
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蘭庭院
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この蘭庭院は、禅林街入口付近にある栄螺堂(さざえどう)の管理者でもある。

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栄螺堂(2010年3月撮影)
1839(天保10)年に、弘前東長町の豪商 中田嘉兵衛が、海難や天明・天保の大飢饉の死者を
供養するために寄進した。
俗称「六角堂」と言われているが、実際には八角形の建物である。
内部は右回りの螺旋構造の回廊と直進階段で昇降する造りになっている。


万蔵寺
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寶泉院
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梅林寺
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隣松寺
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この隣松寺は、弘前藩4代藩主・津軽信政の生母・久祥院の実家・多田家の菩提寺であり、
久祥院殿位牌堂は青森県の重宝に指定されている。


そして、上寺通りの突き当たりにあるのが長勝寺である。
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この長勝寺は、1528(享禄元)年に大浦城主・盛信が亡父・光信のため
種里(現・西津軽郡鰺ヶ沢町)に創建したことに端を発し、1610(慶長15)年に
弘前藩2代藩主・信枚(のぶひら)が弘前城の築城とともに現在地に移転して今に至る。

この三門は、江戸初期の1629(寛永6)年に建立されたものだが、1810(文化7)年に
火燈窓(仁王像のいる部分)を新設したため、下層部分が当時とは変化しているそうだ。
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また、造られた時期や構造が岩木山神社楼門とよく似ており、同じ設計者によるものでは
ないかという説もある。
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比較画像:岩木山神社楼門

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ちなみに、「三門」とは、「三解脱門」という禅宗の教えを略したものである。


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長勝寺境内にある「蒼竜窟」には三尊仏厨子堂と五百羅漢が納められている。

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同じく長勝寺境内には、津軽家の霊屋が5棟建ち並んでいる。
この霊屋は弘前藩の歴代藩主とその奥方のもので、その建ち位置は、初代藩主・為信の
御影堂より南へほぼ一列である。  

この長勝寺の内部については、拝観料300円(中学生以下250円)で見学可能である。
見学期間は4月~11月(冬季は要問合せ)、時間は9:00~16:00である。
ただし、都合により変動する可能性もあるので、事前に問い合わせてみるとなお良いだろう。
(問:長勝寺、TEL0172-32-0813)

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長勝寺三門から振り返ると、まっすぐ延びた上寺通りが見える。

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杉並木とともに、爽やかな初夏の禅林街を散策してみるのもまた一興である。


アクセス情報
弘前市西茂森
・弘南バス茂森線(四中校行き) 長勝寺入口バス停下車

注)赤いアイコンは長勝寺を、青いアイコンは黒門を示す。

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by hirosaki-alterna | 2011-06-25 18:43 | 禅林街
初夏の禅林街(下寺通り)
赤門の向こう側へ

関連記事:初夏の禅林街(上寺通り)

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弘前市西茂森の人気観光スポット・禅林街。
弘前城の西南に位置し、禅宗の寺院ばかりが33軒も立ち並ぶ一大寺院街である。

弘前城築城の翌年(1612年)、城の鬼門を守るため2代藩主 信枚(のぶひら)によって
津軽じゅうの禅寺が集められたことに端を発する禅林街は、大きく分けて「上寺通り」と
「下寺通り」に分けられる。

うち「下寺通り」には、33ヵ寺のうち12ヵ寺が並んでいる。
禅林街手前の黒門をくぐって間もなく、右手に見えてくる赤門。
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ここが「下寺通り」の入口である。

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改築されたモダンな寺院もあれば、昔ながらの寺院もあり、様々である。
(以下、撮影出来た寺院を紹介する。)

恵林寺
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正光寺
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川龍院
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正傳寺
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この正傳寺には、武士・渡辺金三郎の生首が描かれた掛け軸がおさめられているが、
今から30年以上前にテレビ番組で取り上げられた際、その生首の目が開いたと
話題になったことがある。

安盛寺
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門を入ってすぐのところに、今も井戸の釣瓶の残る水屋がある。

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入口では達磨さんがこちらを見ている。


「下寺通り」の突き当たりにあるのが、宗徳寺。
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弘前藩初代藩主・津軽為信が実父・武田守信の菩提を弔うために建てられたという。
昔は身分の高い者のみが檀家になれたとのことで、関ヶ原の戦い(1600年)の後で
津軽に逃れてきた石田三成の次男・石田重成の墓もあるという。

新緑と静寂に包まれた山門の佇まいは、ここが市街地に近いことを忘れさせる。



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境内には大木が逞しく根を張っている。

山門から振り返ると、まっすぐに延びた「下寺通り」が見える。
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安盛寺と正傳寺の間にある小道。
人が2人並んで通れるほどの狭い小道だが、古都の趣がなかなか強い。
ここを抜けると、「上寺通り」に出ることが出来る。

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禅林街の犬は、自分でごみを持ち帰れるほどに躾が良い。


アクセス情報
弘前市西茂森
・弘南バス 茂森線(四中校行き) 長勝寺入口バス停下車

注)赤のアイコンは赤門、青のアイコンは宗徳寺を示す。

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by hirosaki-alterna | 2011-06-12 21:04 | 禅林街
イレギュラーな信仰の現場
ピンポイントでお願いします

岩木山神社楼門前の狛犬の上に、直接賽銭を置いて祈る者がいる。
イレギュラーな形ではあるが、これも一つの信仰の形なのだろうか。

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虫歯が治りますように!
耳の調子が良くなりますように!


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イケメンになれますように!


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足の怪我が治りますように!
痔が治りますように!


アクセス情報
弘前市百沢(旧岩木町)
弘前市内から車で約40分
弘南バス枯木平線 岩木山神社前バス停下車すぐ


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by hirosaki-alterna | 2011-01-11 21:32 | 岩木山方面
最勝院 新年の夜
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by hirosaki-alterna | 2011-01-07 11:55 | 最勝院
弘前で一番長い石段
ワイルドサイドを歩け

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弘前市南部、土淵川上流の久渡寺山。
そこに津軽三十三観音霊場第1番札所の久渡寺がある。

この参道となる石段の数、なんと227段。
奥の急勾配まで石段が続いている。
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ただでさえ長く急な石段だが、中盤辺りから樹木の根が敷石を
押しのけるような形で荒れてくる。

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何本ものつっかえ棒がささる石段。
これら崩れ気味の石段が一区切りつくと、今度は横歩きしないと足が乗らないほど
奥行きの無い急な石段がわずかに続く。


弘前で一番長い石段を上りきった先には、観音堂や観音像らが。
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久渡寺山には他にも様々な参拝施設やレジャー施設、登山道などがある。
本格的に久渡寺めぐりをしたい諸氏は、是非とも時間に余裕を持ち、山歩きも出来る
装備で臨まれたい。


アクセス情報
弘前市坂元
・弘南バス 久渡寺線 久渡寺バス停下車すぐ

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by hirosaki-alterna | 2010-09-14 22:25 | 神社・仏閣・教会など
求聞寺
丑年さん・寅年さんいらっしゃい!

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まず、この「求聞寺」という三文字を見て「ぐもんじ」と一発で読める諸氏は
いったいどれくらい存在するのだろうか。
この求聞寺は、岩木山神社から蔵助沢を挟んですぐのところに位置し、入口付近には
小僧さんの案内板が立っている。

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これが岩木山神社との間にある蔵助沢。奥の赤い橋を右へ進むと求聞寺へ続く。
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天気の良い日はとても爽やかな風景が堪能出来るが、この沢は以前土石流が発生したことがあり、
求聞寺手前の示現堂では慰霊祭が行われることがある。(参考記事:「蔵助沢」

示現堂
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さて、求聞寺は「津軽三十三霊場」の第3番札所にして、丑年・寅年の「津軽一代様」でもある。

その創建の歴史は約400年前、1625(寛永2)年に弘前藩2代藩主津軽信枚の時代まで遡る。
信枚が藩主の跡目争いによる領内の荒廃を憂いて修業を行い、念願叶った1629(寛永6)年、
虚空蔵堂(求聞持堂)を建立して、虚空蔵菩薩を祀ったのが始まりであると伝えられている。
その後、明治初期の神仏分離令により隣の岩木山神社の別当である百沢寺が廃寺となり、
「津軽三十三霊場」第三番札所を継承しているとのことである。

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木々の茂る急な石段を上ると本堂へ至る。

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境内には、弘前市内最大と言われる釣鐘や、丑と寅の像、弘法大師像、
観音堂や絵馬堂など様々なものがある。

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求聞寺は「津軽弘法大師霊場」の第9番札所でもある。

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三途の川でもがく亡者に救いの手を差し伸べるお地蔵様の像である。

丑年・寅年諸氏は勿論のこと、観音様や弘法大師様巡りをされている諸氏は、
是非ともこのお岩木山に程近い寺院をチェックされたい。


アクセス情報
弘前市百沢
・弘前市内より車で約40分
・弘南バス枯木平線(百沢経由) 岩木山神社前バス停下車

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by hirosaki-alterna | 2010-08-13 19:23 | 岩木山方面
稲荷神社(新寺町)
ここでも油揚げが足りません!油揚げが足りません!

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23軒の寺院が立ち並ぶ新寺町で唯一の神社、稲荷神社。
最勝院からも程近く、弘前高校や袋宮寺十一面観音の斜め向かいに位置する。


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参道には、ドミノのように鳥居が連なっている。


境内には古木・名木が数多く残されており、今も静かに樹齢を刻んでいる。
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また、毎年旧暦の6月10日には例大祭、その前夜には宵宮が開催される。
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入口には消防団による水飲み場が設置されている。
「水呑場」の看板が当ブログ禁止事項「D」風味なのは、この時期の弘前ならでは。

ちなみに、隣の菓子店「しかないせんべい」は、その名の通りメインはせんべいだが、
そのタイプや多種多様、さらに青森県産米を使用したシフォンケーキやせんべい生地を
使用したサブレ、マドレーヌにおやきなど、焼菓子ならば和洋を問わず何でも揃う名店である。
(取り扱い菓子は季節により異なる場合あり。参考リンク:しかないせんべいホームページ


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例年宵宮の日は、近隣の住民や向かいの弘前高校の生徒らで賑わう。

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拝殿の奥には、真っ赤な塀で囲まれた本殿が鎮座している。


(通常、本殿に立ち入ることは出来ないが、関係者のご厚意により特別に撮影許可をいただいた。)
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宵宮の日の本殿には、三方いっぱいの夏野菜が供えられている。


また、その名に違わず、境内にはたくさんのお稲荷様が祀られている。
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これらのお堂に祀られているのも、もちろんお稲荷様である。
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この日ばかりはさすがのお稲荷様も、ついつい油揚げより夜店の食べ物に目移りすることだろう。

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また、この時期の稲荷神社付近には、新寺町ねぷた愛好会のねぷた小屋が建つ。
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この日も完成間近の「D」が格納されていた。
7月の弘前市内各所でよく見られる光景である。


アクセス情報
弘前市新寺町
・弘南バス桜ヶ丘線 弘前高校前バス停下車 徒歩約1~2分

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by hirosaki-alterna | 2010-07-21 10:00 | 神社・仏閣・教会など
市内で一番中心街に近い宵宮 胸肩神社
なぜかその日はいつも雨?

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「弁天様」の通称で弘前市民に親しまれている品川町の胸肩神社。
毎年6月30日に開催される宵宮は市内トップクラスの出店数を誇り、JR弘前駅前方面や
土手町といった中心商店街の手前に至るまで露店が軒を並べる。

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胸肩神社は、大同2(807)年に将軍・坂上田村麻呂が「大野」という土地に信仰していた
弁財天を勧請し、琵琶を奉納したうえで臣下を神主に任命したのが創建と言われており、
現在地に遷座したのは寛文2(1662)年だという。

以降、「埞(←土へんに「定」)町弁天神社」「弁天宮」などと呼ばれていたが、明治6(1873)年に
現在の「胸肩神社」と改称され、御祭神も胸肩三女神に差し替えとなったようである。

その他、春日大神も合祀されており、境内には「埞(←土へんに「定」)清水」という清水が古くから
湧出している。

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茅の輪くぐり

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神楽の奉納


また、「弁天様」の宵宮のある日は、雨が降ることが多い。
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梅雨時の開催ということがその確率を押し上げているのだろうが、
もしかすると弁天様は雨がお好みなのかも知れない。


アクセス情報
弘前市品川町
・JR弘前駅から徒歩約10分


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by hirosaki-alterna | 2010-07-01 12:26 | 神社・仏閣・教会など
最勝院の新旧仁王門
五重塔だけじゃない最勝院の見どころ その3

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最勝院の参道を進むと、突き当りの右手に仁王門が見えてくる。

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(画像は春季のもの)
この仁王門は「新仁王門」と呼ばれ、1984(昭和59)年に建立されたもの。


では、古い方の仁王門はどうしたのか。
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紙漉町~富田方面に面した旧仁王門は、現在も残ってはいるが閉鎖されている。
旧仁王門は、かつてこの地にあった大円寺(現在は大鰐町に遷座)の表玄関であったが、
時代の流れとともに、交通の便の良い新寺町側・銅屋町側の入口を利用する参拝客が
増えたとのこと。

また、旧仁王門は境内から見れば、墓地の手前辺りに位置する。
門扉が閉ざされ、薄暗くひっそりとしているが、新仁王門とはまた違った趣がある。

「新旧」「陰陽」「動静」、2つの仁王門を巡ることで、この寺院の歴史と時代の流れに様々な
思いを馳せてみるのもまた一興。
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アクセス情報
弘前市銅屋町
・弘南バス桜ヶ丘線 弘前高校前バス停下車 徒歩約3分

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by hirosaki-alterna | 2010-06-29 10:25 | 最勝院
岩木山神社
津軽の信仰の源 弘前最大級でマルチタスクな「お岩木さま」

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弘前市旧岩木町の百沢(ひゃくざわ)地区にどっしり鎮座する岩木山神社。
津軽の霊峰・岩木山を背景にした広々とした境内に、大振りで絢爛な建物群。
そのスケールや、弘前市内においては最大級を誇る。


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晴れた日には、背景に岩木山の山頂部分が見える。


その起源は今から約1200年前、宝亀11(780)年に岩木山頂に社殿が創建された時まで
遡るという。

その後、延暦19(800)年に、時の征夷大将軍・坂上田村麻呂が岩木山大神の加護によって
東北平定を遂行出来たとして社殿を再建、現・十腰内(とこしない)地区に下居宮(おりいのみや
=麓宮)を建立し、岩木山頂を奥宮とした。
寛治5(1091)年には神宣により百沢地区に遷座し、「百沢寺(ひゃくたくじ)」と称したのが現在の
岩木山神社となっている。
(十腰内地区の下居宮は、現在は「巌鬼山(がんきさん)神社」となっている。)

藩政時代には、初代為信、2代信牧、3代信義、4代信政の弘前藩歴代藩主により大造営が行われ、
寛永5(1628)年には楼門が建てられた。

近代には境内の各施設とも整い、北門鎮護の名社として、農業、漁業、商工業、医薬、
交通関係、開運招福など、多種多様な面において津軽地方の信仰の源となっている。
また、昨今ではパワースポットとしても隠れた人気があるという。


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岩木山神社の楼門。長い参道を進み、まず最初に圧倒される物件である。

その大きさを、写りこんでいる参拝客と比較されたい。
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楼門の左右の住人は彼らである。
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この楼門は、作られた時期や構造が弘前市西茂森の禅林街にある長勝寺三門とよく似ており、
同一人物か同系統の技術者が手がけたのではという説もあるという。

楼門の左右には、ユーモラスな狛犬が構えている。特に左側の「吽」の方は逆立ちしているのが面白い。
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面構えもユーモラスな「ブサカワ」顔である。


楼門の横の手水処では、龍の口から注がれる水を柄の長い柄杓で掬い上げ、手や口を清める。
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清き水の流れに、心まで清められる思いのする一角である。


次の圧倒ポイントは、拝殿手前の中門である。
一見する分では解りにくいが、近づいてみると絢爛豪華な極彩色の装飾が施されている。
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「北門鎮護」の金文字が輝かしい。
時間があれば、1箇所1箇所じっくり見てみたいところである。


中門横の階段が、岩木山頂の「奥宮」への参道入口である。
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階段を下りた先にある案内板には、いかに奥宮にたどり着くまでにまで時間がかかり、
険しい道中となるかが解説されている。
ここからは神社に参拝というよりも、登山をするための装備と心構えが必要となる。
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その傍には所要時間の書かれた立て札も。


中門をくぐった先には次なる圧倒ポイント、拝殿が構えている。
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元々は百沢寺大堂(本堂)として、弘前藩初代藩主・津軽為信が起工し、3代・信義の代で
完成させたものである。
明治初期の神仏分離令によって「百沢寺」から「岩木山神社」へ移行する以前には、須弥壇や
厨子も設置されていたという。


そして、本来ならば4つ目の圧倒ポイントとなる本殿だが、残念ながら一般公開はされていない。
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黒漆塗りの壁、金メッキの装飾、ふんだんに彫りこまれた極彩色の彫刻など、
敷地内で最も絢爛豪華な建造物である。
ここはおとなしく、奥宮への参道から垣間見るのみとしたい。


さて、この岩木山神社周辺が最も賑わうのは、旧暦の7月29日から8月1日に行われる
「お山参詣」である。
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ヒノキを薄く削ったものをまとめて作った長さ約5mの御幣や、
高さ約10mの幟旗を持った白装束の参拝者の大集団が、登山囃子を唱和しながら
徒歩で山頂の奥宮を目指す。

詳細は長くなるので割愛するが、楼門の看板によると2010年は9月6日~8日に開催されるそうだ。
この記事のように静けさ漂う普段の「静」の岩木山神社と、参拝者集団と登山囃子で賑わう「動」の
岩木山神社、機会が許すなら両方体験してみるのもよいだろう。


アクセス情報
弘前市百沢
・弘南バス 枯木平線 岩木山神社前バス停下車すぐ

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by hirosaki-alterna | 2010-06-07 14:36 | 岩木山方面